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2018年11月19日
2か月ぶりのボランティアは大漁でした!
先月はマラソンの警備と、地元一之江ふるさと祭りの警備で中止になったボランティアごみ拾いでした。今月は2か月ぶりということで新助っ人メンバー浅野さんも加わり、9名でごみ拾いをしました。さすがに大量の吸い殻を拾って、この日は少し寒かったですが、みんな汗をかいて頑張りました。
いつも思いますが、なんでこんなにポイ捨てが多いんでしょうね?空き缶もたくさん捨てられています。誰かが処分してくれると思っているんでしょうかね?私たちボランティアごみ拾い部隊は、絶対に捨てることはないと思います。ポイ捨てしてしまう人にも、ごみ拾いをする機会があればいいのに・・・と思いました。- 関連リンク
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2018年10月10日
さようなら築地市場!
築地市場が閉場しました。私が働いていたのは1985年までです。「山五」というあなごやキス、メゴチなどの天ぷらのネタを卸していたお店です。朝は6時ころに行き、お昼過ぎ1時か2時ころまで仕事をして、近所にあった社長の家でお昼ご飯をごちそうになって帰っていた。5時になると月島のお寿司屋さんで働いていて、大学生だったけどほとんど学校には行きませんでした。市場の休みは日曜日で、すし屋の休みが水曜だったため、お金を使う暇がなかった。(あの頃が一番お金持ちだったような・・・)当時の市場は今よりも活気があって、歩くのも大変でした。暮れになると一般の買い物客が入ってきて、「邪魔だ!」と怒鳴られていました。今は外国人も多く、一般客も大切なお客さんのようでした。とにかくいろんな人が働いていて、とても勉強になりました。私を育ててくれた築地市場!本当にありがとう(T_T)
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2018年09月11日
創立記念日
今日9月11日は、アメリカ同時多発テロのあった日ですが、弊社の28回目の誕生日、創立記念日です。
ここまで続けてこられたのは、お客様のおかげですが、何よりもいつも頑張ってくれている社員のおかげです。長年やっていますと、お辞めになる方もそれなりにたくさんおりますが、辞めた後でも会社を訪ねてきてくれたり、ボランティアに参加してくれたりして、関係が続いているのは本当にありがたいことです。これからもこの輪が広がっていって、30周年40周年と続けていけるように努力していきます。これからもよろしくお願いいたします。 -
2018年09月11日
災害大国
西日本豪雨災害、台風21号豪雨・暴風に続き、北海道で震度7を記録する大震災が発生しました。犠牲になられた方には、心よりお悔やみ申し上げますとともに、被災された方には、心よりお見舞い申し上げます。
自然を前にして、私たち人間はあまりにも無力で、通り過ぎるのを待つしかできないというのが現実です。異常気象と言われる現象が、毎年数回も起こるとなると、「異常」というより「日常」と考えて取り組む必要があるように思えます。気象庁などの呼びかけも、数年前では考えられないような「命を守る行動」などと表現するようになりましたが、それが決して大げさでなくなっています。私たちの身の回りに起きていないだけ、いつ来るかわからないものに、常に備えなければいけない時代になったようです。台風はいつ頃こちらに来るかある程度予想ができますが、地震がいつ起きるかということはまだ予測が追い付いていないようです。土砂崩れでお亡くなりになった方は、不運だったというしかないのが現状です。地震予報の精度が上がり、犠牲者が出ない時代が早く来ることを祈ります。 -
2018年08月20日
8月のボランティアごみ拾い
8月のボランティアは12名の参加でした。社外からも2名が参加していただき、少しずつ広がりを見せてきました。「ご苦労様です」とか「ありがとうございます」などと声をかけていただいたり、町会の役員さんからは社名を聞かれたようです。始めてから1年と3か月、月に1回のごみ拾いですが近隣の方々に少しずつ浸透して行っているように感じます。来月は少し涼しくなりそうです。
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2018年08月16日
眼科終了のお知らせ?
今日は先日受けた眼科の検診の結果報告。その結果、「もういいと思います。目薬も通院もいらないでしょう。」と先生から言われました。初診が2008年ということだから、10年も通ったことになります。通院のきっかけは、レイシック手術を受けてみようと、有楽町の専門の医院に行ったことでした。大変たくさんのお客さん?がいて、検査に数時間かかりました。結果は、「網膜剥離がありますので、病院に行って許可をもらってください。」でした。(あれ、ここは病院じゃなかったの?)紹介状を書いてもらい行った病院が今日まで通った病院でした。そこでは、「これから手術をします。お金ありますか?」と言われ、当時はまだクレジットカードが使えなかったため、ATMで20万円を下ろして支払いました。要するに破れている部分をレーザーでとめて、破れが広がらないようにする手術でした。治すことはできないそうです。後日、術後の検査をした際に、「緑内障の疑いがある。」と言われてから、目薬と定期的な検査が始まりました。最初は男性医師でしたが、その後は女性の医師が3人で、今の先生は4人目の担当医師でした。ハキハキとした若い先生で、好感が持てました。「もうずいぶん長く検査を受けてもらってますが、緑内障の進行はありません。目薬のおかげかもしれませんが、最近では視野が狭くなるのはレーザー手術が原因で、緑内障ではないかもしれないという意見もあります。思い切って目薬をやめてみて、検査を続けたいと思いますがいかがですか?」と言われ、「そうします」と答えました。そして数か月がたって、「やはり手術が原因だと思います。今日で通院は終わりにしましょう。」となったのです。「ありがとうございます。」と言ってふと思いました。(10年間の検査と目薬は必要なかったということ?)結果的にはそういうことになりますが、「緑内障ではありません。」と言われたことで、ハッピーな気分になりました。美人の先生に会えないのは寂しいですが、病気じゃなかったということで、めでたしめでたし(*^^*)
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2018年08月08日
TATTOOと入れ墨
サッカーのワールドカップを観ていて、TATTOOの入っている選手が目立った。
外国人アーティストにも多く見られることから、一般の人たちにも広がっているようで、浅草あたりを歩いている外国人観光客にもTATTOOを入れている人が多い。
30年位前のフィリピンでは、空港で日本人が入れ墨をしているのが見つかると、入国を拒否された。日本人が入れ墨をしていると「ヤクザ」とみなされ入国を拒否したのだ。
同じようにゴルフ場も入浴禁止だし、温泉も入浴が禁止になっていた。私が子供のころは銭湯にはよく入れ墨をした人がいたが、最近は見かけない。
では、TATTOOと入れ墨の違いはどこなのだろう?最近は日本の入れ墨が人気のようで、外国人でも日本風の入れ墨をしている人も多い。ある温泉地などは、観光協会やホテルのホームページなどで、入浴可能かどうかの表示を英語や中国語などで表示しているらしい。この温泉地では16施設のうち11施設で入浴が可能となっている。日本人か外国人かで区別できないとなると、「入れ墨」日本人も温泉に入れる日が来るのか?そういう団体の宴会などには出くわしたくない・・・ -
2018年08月08日
現場紹介
以前紹介した薬局の現場ですが、余裕があるときはお花の手入れなどもしてます。
余裕がある時だけですよ!(誘導が最優先ですから・・・) -
2018年08月08日
現場紹介
ここは両国の電線共同溝工事の現場です。人通りも交通量も多いので、大相撲の開催中は現場は中止になります。暑い中での片側交互通行お疲れ様です。熱中症注意!
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2018年08月08日
現場紹
ここは両国の電線共同溝工事の現場です。人通りも交通量も多いので、大相撲の開催中は現場は中止になります。暑い中での片側交互通行お疲れ様です。熱中症注意!
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2018年07月16日
日本人のきずな
西日本豪雨災害の被害者は200名を超えてしまいました。
ニュースを見ていると、日本全国から集まったボランティアが大活躍している。熊本の震災の時の恩返しだと言って熊本からやってきたボランティアの人もいました。絶望的な被害に遇い、ボランティアの人たちに本当にありがたいと涙を流す被災者もいました。「日本人って、素晴らしい!」と思いました。
私たちは何ができるのかわかりませんが、何かをしたいと思っている人は多いと思います。私は7月11日に行われた募金活動に参加しました。大声で声を張り上げましたが、多くの方が募金をしてくれました。「何かしたい」という気持ちをお持ちの方が多かったと思います。何かしたいけど行動するまでに行かない人も多いのだと思います。その人たちが募金箱に募金をしてくれたのだと思います。4時間半の募金でしたが、1,307,078円という大きな金額が集まりました。日本人に限らず多くの外国人の方が募金してくれました。本当にみなさんの暖かい気持ちに触れることができました。 -
2018年03月20日
前川喜平氏の授業?
前川喜平氏とは出会い系カフェに通っていたという元文部科学事務次官だが、名古屋市の学校で講演を行ったそうで、その内容についての質問をしたとして、教育現場不当介入だと野党の合同ヒヤリングがありました。与党も野党もいろいろと考え方はあると思いますが、そもそも出会い系カフェに通っていて、知り合った女性と飲食などをしていたような人を、学校に呼ぶこと自体がおかしいと思います。ほかにもっと適任がいるのに、なぜ敢えて前川喜平氏を呼ぶのでしょうか?子供たちに悪影響があるかどうかは、文科省として確認することは自然なことだと思います。それを言論の自由だとか、何だとかと言って詰め寄っています。言葉遣いも態度も「国会議員?」と疑うような言動にはあきれます。内容以前に、弱い者いじめのようなことはしてほしくありません。それをあおるようなマスコミ報道も、いい加減にしてほしいと思います。私のぼやきですが・・・
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2018年03月08日
児童虐待
先日、5歳の女の子に水を浴びせた後殴って死なせるという事件が4日の日曜日に起こった。逮捕されたのは5歳の女の子の父親だった。「家に帰るより施設にいたい」と話していたという、もうすぐ小学生になる女の子は帰らぬ人となった。
今日も生後2か月の女の子を「鳴き声がうるさかった」からと言って、デコピンで殴り死なせてしまったという父親が逮捕された。生後2か月と言ったら、泣くのが当たり前で殴ったからと言って泣き止むわけもない。
生後2か月の女の子には、「怖い」という感情はなかったかもしれない。でも5歳の女の子は、きっととても怖くて、とても悲しくて辛い思いを持ちながら、ただただ我慢していたのでしょう・・・死ぬまで。こんな子供たちが、事件になるまで取り上げられずに、同じ思いをしている子供たちが、たくさんいるはずです。私たち大人は、この子供たちを救ってあげることはできないのでしょうか?子供たちの救いを求める目を見逃さず、私たちが救ってあげなくてはいけない。その仕組みを早く作ってあげなければいけない。
何もできずに無力な私ですが、親としてこいつらは許せない。社会全体で声を上げていかなくてはいけないと思います。 -
2018年02月28日
平昌オリンピック
平昌冬季オリンピックが終了し、選手団が帰国しました。
今回のオリンピックは、北朝鮮が緊急参加したり、いわゆる美女軍団を送り込んできたり、開会式も含めて非常に政治色の強いオリンピックでした。また、美女軍団を取り上げるマスコミも不愉快でした。自国の国民が拉致されている国の応援団にインタビューして喜んでいるテレビ局に、とても不快感を感じました。そんな前半のオリンピックでしたが、日程が進むうちに、日本選手の活躍が目覚ましくなり、当初の政治がらみの空気はなくなり、報道も日本選手の素晴らしい活躍を報じるようになってきました。私も選手の姿を見て、声をあげたり、涙ぐんだりして胸を熱くしていました。高梨沙羅選手の涙、女子スケートチームの大活躍、最後のカーリング銅メダルなどなど本当に逞しくなった冬のオリンピック選手たち。本当にありがとうと言いたいです。地元に帰ってゆっくりしてほしいけれど、このフィーバーは続きそうですね。 -
2018年02月22日
えっ?
と思ったのは、けさ雪が降っていたからでも、女子パシュートが金メダルを取ったからでもありません。
大杉漣さんが急死したというニュースを見たからでした。その日のドラマの収録を終えて、その後体調不良を訴え病院へ行き、そのまま亡くなったということのようです。
大杉漣さんは北野武監督の映画で有名のようですが、私の印象は「ゲゲゲの女房」での松下奈緒演ずる布美枝の父親役です。とても厳格な父親でありながら、とても人間味のある父親像を演じていた。あの大杉漣さんがとても好きでした。本当に信じられません。
ご冥福をお祈り申し上げます。合掌 -
2018年02月20日
小平奈緒のフェアプレーに感動!
小平奈緒選手が平昌オリンピックの女子スピードスケート500mで金メダルを獲得しました。オリンピック3連覇を逃し、銀メダルとなった韓国のイ・サンファ選手を抱きしめて声をかけるシーンは感動的で、韓国やほかの国メディアも小平に対して称賛のメッセージを送りました。私がもっと素晴らしいと思ったのは、それよりも少し前、小平選手が滑り終わり、暫定1位となり、会場中が大歓声を上げたそのあと、一度は声援にこたえて観客席に向かって手を振りましたがそのあと、人差し指を唇に当てて「静かにしましょう!」のゼスチャーをしたのです。そのあとにまだ2組のスタートを控えていたので、その選手たちに影響を与えないようにとのフェアプレーの精神だったのです。その中にはライバルのイ・サンファ選手もいました。結果は金と銀でしたが、小平選手が歩み寄って抱き合うシーンとなったのです。表彰台で飛び上がる小平選手の姿を見て、涙が出ました。最近年のせいで涙腺が・・・
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2018年02月12日
合掌
今日は火葬場に行ってきました。大田区の臨海斎場です。
私にとって2回目の斎場で、1回目は保育園からの同級生で、大親友だった男が白血病で亡くなったのが10年以上前だったろうか・・・
葛西でなくなった彼が大田区の火葬場に行くのには理由がありました。今日が友引ということで、ここの火葬場しかなかったということでした。そして、葬儀をやることもできず、火葬のみということになりました。
彼は沖縄出身で、18歳で東京の会社に就職して12年、ちょうど30歳でした。うちのお客さんのところの職員で、とても明るく優しい男でした。土曜日の夜中に車にひかれて死んでしまいました。
連絡が来たのは日曜日の午後でした。日曜日に携帯に電話が来るなんておかしいと思いましたが、やはり悪い知らせでした。建設業の試験で合格したのをお祝いして仲間と飲んでいたそうです。酔ったせいでしょうが、駐車場の入り口で寝てしまっていたようで、そこをひかれたようです。何と言っていいのかわかりません。「ばかやろう!」とも言いたいし、「どうして?」という気持ちもあります。
お母さんは、どうしてもすぐに沖縄に連れて帰りたいということで、本日火葬するために通夜も告別式もなく、火葬場に参列という私にとっても初めての経験となりました。
こんなことで亡くなるなんて・・・ 本人もいつ死んだのかわかっていないでしょう。
残念だけど、今までありがとう。安らかに眠ってください。合掌 -
2018年02月04日
「お母さん」
私の母は、3月で83歳になります。おかげさまで元気にしております。昨年暮れには父と女房と愛犬とで湯河原の温泉に行ってきました。
今は母のことは「おふくろ」と呼んでいます。いつからそう呼ぶようになったのかは記憶にありませんが、「お母さん」と初めて呼んだ時のことを覚えています。
当時木造のアパートの2階に住んでいた私は、たぶん保育園に通っている頃でした。小学校に入る前でした。「おふくろ」のことは、「かあちゃん」と呼んでいました。たぶん、生まれてから「かあちゃん」と呼んでいたと思います。「ママ」と呼んだことはありません。その当時でも保育園では「ママ」と母親のことを呼ぶ同級生は少なかったけどいました。
その日、家で「おふくろ」は内職をしていたと思います。そのそばで私は、ねえ「かあちゃん」と呼びかけたときに、お袋は「純一、これからはお母さんと呼ぶんだよ」といったのです。「え~?」と答えて、「言ってみな」といわれて、「おかあさん・・・」と言った後、「恥ずかしいよ~」と言ったのです。その時の恥ずかしさと照れくささをまだ覚えています。ずっと忘れられないというわけではないのですが、たまにあの時の空気と匂いとおふくろを思い出します。
いくつになってもお袋と息子。でもいるのが当たり前だった、そして今でも当たり前に思っている私ですが、同級生から「羨ましい」といわれる年になりました。
おふくろ、いつまでも長生きしてね。おやじも! -
2018年01月15日
今年最初のボランティア
1月14日(日)、今年最初のボランティアゴミ拾い「キンダイクラブ」の活動をしました。
今回から、私の友人の小林さんも、趣旨に賛同して参加していただけることになりました。
また、病気療養中だった渡辺洋子さんも、体調が万全ではないのに参加していただきました。
さすがに渡辺さんの人気は高く、参加者もいつもより多くのメンバーが参加してくれました。
この日は大変寒い日で、日陰に行くととても寒く、私は風邪をひいてしまったようです。(今日検査したらインフルエンザA型でしたが・・・)
毎回そうですが、たばこの吸い殻は減ることはないようですね。
来月は25日の予定です。どなたでも参加できますので、ぜひ参加してください。 -
2018年01月09日
星野仙一さん死去
みなさま、あけましておめでとうございます。
今年は元日に、地元の氏神と、深川不動尊と富岡八幡宮に初詣に行きました。
富岡八幡は、例年よりは参拝者は少ないだろうと思っていましたが、予想をはるかに上回り(下回り?)まったく参拝客が少なかった。昨年は深川不動より多かったと思います。これからどうなるのか心配になりました。
さて、正月から残念なニュースが流れました。星野仙一さんの死去です。
私は中日ファンでも、阪神ファンでも、楽天ファンでもありませんでしたが、星野仙一さんは好きでした。選手の時代も監督の時代も、闘志あふれる熱血漢が好きでした。
楽天でマー君に最後を投げさせて、巨人を破り初めて日本一になった時も感動しました。
でも私が忘れられないのは、阪神をリーグ優勝させたときの言葉、「選手たちの顔が涙で見えなかった」と語った時、選手に対して心からの愛情を注いでいたのがよく伝わりました。
東日本大震災の起こったのが2011年。楽天の監督として1年目、これからシーズンに入ろうという3.11に地震は起こりました。選手の家族も仙台に住んでいましたが、東北の人たちにこれほど気持ちを入れていた人も少ない。楽天の監督が彼でよかったと思います。
最後までモルヒネを拒んで、闘病していたそうですが、周囲に気づかれることなく、70歳という若さで、本当に残念です。ご冥福をお祈り申し上げます。合掌